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競走馬の一生を左右する
重要な場面を知る人々の声を集めました。

第6回「引退馬を事業で生かす」

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競走馬の一生を左右する重要な場面を知る人々の  
声を届けるWEB連載企画

 競走馬は現役時に限らず、生まれてから死ぬまで常に競争の中で生きているー。

 引退後に余生を満足に送ることができない馬がいる一方で、引退すら迎える事ができない馬、つまり競走馬になれなかった馬や、競走生活を全うできなかった馬も多く存在します。この事実にも目を向け、その上で「競走引退後」を捉えると、また違った視点から引退馬支援を見つめ直すことができるのではないか…。

 この企画では、競走馬の一生を左右する重要な場面を知る様々な人に話を伺い、前述したように広い定義での「引退馬支援」についての情報を、毎月1話ずつ6回に分けて連載していきます。

【過去記事】第1回「デビューを迎えられなかった馬たち
【過去記事】第2回「なぜ馬は走り続けることができないのか」
【過去記事】第3回「生かすことが幸せなのか」
過去記事】第4回「サラブレッドは乗馬に不向き?」
【過去記事】第5回「全頭生かせなければ意味がないのか?」

第6回は株式会社TCC Japan代表取締役の山本高之さん

 馬を1頭繫養するには、経費がかかる。その一方で、競走から引退後、種牡馬、繁殖牝馬、乗馬などセカンドキャリアと称される役割を与えられても、年齢を重ねるごとに利益を生み出すことが難しくなってくるという現実がある。引退馬の余生を案ずる人は多いが、いざ競馬産業から出た後のサラブレッドが生きていく道は少ない。そうした中、事業活動として引退馬支援の取り組みを行っているのがTCC Japanだ。今回は同社代表取締役の山本高之さんに話を聞いた。 

 写真:株式会社TCC Japan代表取締役 山本高之さん(写真:Creem Pan)

 

 山本さんは、JRA栗東トレーニングセンターのある、滋賀県栗東市で生まれ育った。大学を卒業するまで栗東市で暮らしていたが、競馬とは、ほぼ無縁の環境で過ごしてきた。就職をして大阪に移り、経営コンサルティング会社の船井総研や東京のベンチャー企業を経て、2006年1月起業した。 

 「就職活動の段階から起業したいと思っていました。ただ僕の場合、やりたいことがあって起業したのではなく、起業して事業家になりたいという思いで会社を起こしたので、中身が空っぽといいますか…」 

 自分が本当にしたい仕事は何なのか。それがフラストレーションになり、やるせなさを常に抱えて事業を続けていた。 

 「東京で栗東出身だと話すと、馬がいてトレセンがあるところでしょ、とよく言われました。栗東で生まれ育っていても、馬を見たことも触ったこともなかったですし、地元ではどちらかと言うと、ネガティブなイメージを植え付けられていました。でも地元以外では、トレセンがあって馬がいるところだと、知っていてくれる人がいる…。そのギャップがすごくもったいないと思っていたんですよね」 

 このことがフラストレーションを抱えた山本さんの人生を転換させるきっかけの1つとなった。 

 競馬とはほぼ無縁の環境と前述したが、山本さんが18歳の時に福永祐一騎手の妹の妃呂己さんと知り合い、兄の祐一騎手とも交流ができた。妃呂己さんとは山本さんが26歳で起業したのと同時に結婚した。 

 「兄が関東圏でGIに騎乗する時に応援に駆け付けたり、食事に行ったりもしましたね。妻を通じて、競馬とは若干関係ができたという感じです」 

  


写真:山本高之さんと福永祐一騎手(提供:TCC Japan)

地域の力

 これもまた人生を転換させる契機の1つに数えられるが、最大の転機は2011年の東日本大震災の復興ボランティアに参加したことだった。今の仕事が自分がしたい事業ではないと思いつつ、かと言って何をしたら良いのかもわからない。家族を抱えて簡単に方向転換もできないという葛藤が、山本さんにはあった。 

 「僕がボランティアに行ったのは、震災から2か月たったゴールデンウィーク明け頃でした。ボランティアとして動いていたのは、その頃はほとんど被災した地域外から来ていた人たちでした。被災地では高齢が多くて問題もいろいろあって、ボランティアの人々に頼っているような面も見受けられ地域にもっとエネルギーがないと自ら復興していくというのは時間がかかりそうだなと感じましたし、復興には地域の力というのがとても大事になってくるのだろうなと実感しました 

 

 被災地での経験が葛藤を続けてきた山本さんの背中を押すことになる。 

 「僕も故郷に戻って、地域力を高めることに貢献できる仕事がしたいと思いました」 

 山本さんは、自分の生まれ育った栗東に目を向けた。前述した通り、競馬産業は地元にとって距離の遠い存在になっていて、それがとても、もったいないことのように思えた。 

 「栗東は、それ以外の地域の人々にとっては、やはりというイメージだろうと。競馬がなかったら、りっとうとはまず読める人はいないでしょうしね。でも競馬や馬を通じて、多くの人が栗東という存在を知っていますし、必然的に馬に関わる分野をもっと地域資源として活用していくことで、栗東のブランディングに繋げられたらと思いました」 

 山本さんが考えたのは「馬と福祉」だった。 

 「これをテーマに、栗東に戻って活動していこうと思いました。その福祉というのは、広義の意味の福祉で、高齢者の介護福祉や障がい者福祉だけではなくて、住んでいる方々が暮らしやすい社会になり、馬がそこに活用されたり、馬に何らかの役割を作っていければ、栗東の地域力が上がっていくのではないかと考えました 

 こうして山本さんは、故郷である栗東市に戻ることを決意。2014年には栗東に会社を移転させた。これがのちのTCCに繋がっていくことになる。

スタートアップ

 山本さんがまず行ったのは、栗東市で馬を活用するグランドデザインの企画書を作成することだった。 

 「福祉や教育、観光などの分野に馬を地域資源として活用していきましょうという計画書を作って、市役所をはじめ教育委員会などに提案したのですが、『一応話は聞いたよ』という感じで、一切相手にはされなかったですね。」 

 約50年前に栗東トレセンができ、様々な人が馬を使った取り組みを計画してきたが、競馬関係者以外は馬を知っている人はほとんどいない。 

 「ならどこに頼ればいいかとなると、JRAしかないですよ。でもJRAは『トレセンは観光施設ではありません』の一点張りで、ずっと平行線だったようです 

   

 そうした中、山本さんが最初に取り組んだのが、地域の障がいを抱えた子供たち向けにホースセラピーを取り入れた放課後等デイサービス「PONY KIDS」の開所だった。 

 「議員さんなど協力してくださる方は少なからずいて、これまで馬を活用する企画はあっても、JRAを動かさないと市も動けないということで、企画はほとんど実現できなかったというのも聞いていました。ですので、小さい実績を積み重ねていくのが大事だと思っていました」 

 「PONY KIDS」は、2頭のポニーから始まった。子供たちの受け入れ枠はすぐに埋まり、需要があることが目に見えてわかったのは収穫だった。 

 「栗東の人って、知り合いを辿っていくとトレセンの人に繋がるですよね。トレセンの人は競走馬しか知らないのでいやそんな、馬で子供たちのセラピーなんて』ってなるです。でも現場を見てもらうと、馬ってこんなに可愛らしいんだ、というのがわかってもらえて、どんどん広まりました」



ホースセラピーの様子(提供:TCC Japan)

 実績が積み重なっていくうちに、見学や視察に訪れる人が増えた。 

 「市役所やJRAの方も見学にいらっしゃいましたし、徐々に活動を認めてもらえるようになりました」 

 2015年9月に始動した障がいのある子供たち向けの放課後デイサービスが、ある程度、軌道に乗ってきた、2016年4月には引退競走馬を支援する「引退馬ファンクラブTCC」を発足させている。 

 「TCCが発足して1年ほどたってから、JRAで引退馬支援の組織(引退競走馬に関する検討委員会)ができました。TCC以外にも、僕が骨子を作って角居勝彦元調教師の団体が主となって活動していたサンクスホースプロジェクトというのがあるのですけど、その仕組みをJRAが賞賛してくれたです」 

 JRA内に設置された「引退競走馬に関する検討委員会」は、引退馬を繫養する施設などの調査を進めていた。そのため山本さんが関わる活動に対してJRAが動いたのはホースセラピーの方ではなく、引退馬支援のTCCの方であった。だがJRAが動いたという事実は大きく、それによって行政にも認められるようになった。 



元JRA調教師・角居勝彦さんと山本高之さん(提供:TCC Japan)

TCC Japanとは

 
滋賀県栗東市にあるTCCセラピーパーク(提供:TCC Japan)

 TCC Japanは、主に引退馬支援のファンクラブ事業とTCCセラピーパークでの障がいを持った子供たちへのホースセラピー事業から成り立っている。 

 セラピー事業では障がい者への福祉サービスを行っており、利用者に施設に来てもらって(通所事業)サービスを提供するという形だ。その利用料金は9割が税金から賄われ、残り1割を利用者が負担する。この利用料金がTCC Japanの収入となっている。 

 一方ファンクラブは、会員からの会費によって引退馬を救い、活かし、支える活動を行っており、会員数では日本最大の引退馬支援活動組織となる。 

 継続して支援するには、まずTCCに入会し、会員になる必要がある。基本会費が月額1,100円で、TCCの運営や広報、普及啓発活動ほか、引退馬支援の活動拡大のために使用されている。さらに支援をしたい場合は、行き場のない引退直後の競走馬を支援するシェルターサポーター(月額2,200円)や、1口4,400円(月額)か半口2,200円(月額)でTCCホースのオーナーになり、提携する全国各地の乗馬クラブや牧場に所有権を持ったまま預託し、引退競走馬の活躍の場を作っていくTCCオーナーがある。シェルターサポーターの会費はホースシェルターに在厩中の馬たちの治療費や飼育管理費に活用され、TCCオーナーの会費は提携施設への預託費用の支払い(会費の約70%)や、諸経費(約20%)を除いた一部をTCCみらい基金(約10%)に積み立てている。これら継続支援のほか、単発での寄付も常時受け付けている。 

 ちなみに取材時点でのTCCホースは43頭、会員数はおよそ2,300名となっている。 


出典:取材に基づきCreem Panが作成


※ホースシェルターは、TCC Japanの登録商標。TCCの活動拠点で栗東市にあるTCCセラピーパークに引退直後で行き先の決まらない元競走馬の一時的な避難場所として、ホースシェルターを4馬房常設し、次のステージに繋げる役割を果たしている。 

  「いわゆる利益は、基本会費がそれに当たります。その利益から人件費や未来の活動拡大のための投資をしています」 

 引退馬支援は収入は二の次で善意で行っていると思われがちだが、馬を養っていくには経費がかかり、そこで働く人の賃金も発生する。 

 「やればやるほど難しい分野だと思いますね」 

 引退した馬たちを、可哀想だから支援したい。それだけでは続いてはいかないと、山本さんは模索を続ける。 

 「愛護活動のように大げさなことでやっているつもりはないんですよね。ただ人間の興行のために生み出した動物を、興行に使えなくなったから(屠畜に回す)っていうのは、一人の人間としてどうなのかとも思いますし、馬には癒しという有能な能力があるのはわかっているわけですから、そこを生かして何とか命を繋げられないか。それだけなんです」 

 馬たちの命を繋いでいくというのは、当然の取り組みだという気持ちがある一方で、犬猫以上に飼養に経費がかかり、広い場所も必要、かつ寿命も犬猫より長い。そのあたりに引退馬支援の難しさがあることも実感してもいる。 


 「例えば目の前の1頭を救いたいからと、ずっと自腹を切り続けたり、支援や寄付を集めるだけで継続していけるのかというと、大多数の人はなかなかできないと思います。結果的に途中で投げ出すことになるというのは、往々にしてよくあることですから。引退競走馬の価値を変えていきたいという目標もありますので、彼らを生かすためのしっかりとした仕組み作りは必要だと思いますね」 

 現在TCCホースとして43頭の馬がいるが、むやみやたらに頭数をどんどん増やしていくことはできないと話す。というのもTCCホースはTCCで所有したまま、提携する乗馬クラブなどの施設に預託する形を取っていて、最終的には養老余生まで面倒をみて終生飼養するのを前提とする取り組みをしているからだ。頭数をある程度絞っていくのであれば、受け入れの打診があった時に、そのすべてを受け入れることは不可能だ。その際の選別方法、基準はあるのだろうか。 

 「基本的に馬を選別することに対して、あまり私的な感情を入れたくないというのはあるんですよね」 

 その結果、馬房が空いていたら受け入れる、空きがなかったら受入れないというのがTCCの基本のスタンスになった。 

 「馬に関しては、しっかり自立して生きられる状態であれば受け入れます。馬の知名度や怪我の状態など、何かを優先してジャッジするというのは原則的にはしていなくて、空いているかいないかが受け入れの1番のポイントです」 

 同時に、どんどん受け入れて他頭数崩壊しないよう、そのあたりはシビアに仕組み作りをしている。 

 「馬の受け皿を広げていくのは、TCCの大きな役割だと思っていますので、まず馬の頭数を増やすのではなく、基本的には関わる人たちを増加させ、それとともに受け入れられる馬も増えていくというのが崩壊しないための1つのリスクヘッジではありますね」 

 一方で馬を使ったセラピー事業には、高いニーズを感じている。だがその分野に対応できる専門性の高さが必要不可欠で、馬の調教をできる人材も求められるとなると、こちらも広げていくには人材育成が急務となってくるようだ。 

引退馬にしかない“価値”

 乗馬では引退競走馬が活用されるケースが多々あるが、海外や国内には乗馬専門に生産、調教された馬もいる 

 「乗馬の馬が引退競走でないといけない理由というのは、全くないじゃないですか。乗馬を中心に考えると、その能力の高い馬が生産されるというのは当然だと思いますし」 

 サラブレッドが必ずしも乗馬として必要とされているわけではない。だが山本さんは、人のメンタルヘルスケアにおいて引退競走馬には大きな可能性があると考えている。 

 「なぜメンタルヘルスケアに可能性が高いかというと、1頭1頭の馬自身にドラマがあるじゃないですか。競走馬として生まれ、走ってきた中にストーリーがあって、多くの人がそれに感動したり熱狂したりして、馬を応援していて。馬が引退した後もそのドラマを引き継いで、人間とともに活躍できるのはメンタルヘルスケアの分野なのかなと思っているです」 

 実際にセラピーパークは、馬に乗る施設ではない。だが緊急事態宣言が明けると、毎日のように利用者やファンクラブ会員がセラピーパークに訪れるようになった。 

 「現在TCCの提携施設は30数か所あるのですが、会員の来場者数はウチのセラピーパークが圧倒的に多いですよ。馬に乗れない施設が1番多いというのは、馬に乗ることを求めている人たちが多いというわけではなく、やはり癒されに来ているのだと思うんです」

 


写真:TCCセラピーパークで馬と触れ合う利用者たち(提供:TCC Japan)

 

 故障して乗馬になるのが難しい馬でも、メンタルヘルスケアならできる可能性があるし、馬の活路をその分野に求めることにも大きな可能性を感じている。 

 「訪れた会員さんからの意見を聞いても、やはり触れ合いや癒しを求めている人が多いです。それは引退競走馬ならではストーリーやドラマに、何かを求めている人もたくさんいると思いますし、それはその馬の持っている価値なので、それをもっと広めていきたいというのはありますよね」 

 かつて地方競馬から中央競馬に殴り込んできたハイセイコーやオグリキャップが競馬ブームを巻き起こした中央のエリートに立ち向かい、負かしていく彼らの姿に自分自身を投影させ、共感したというのがブームになった理由の1つだろう。ハイセイコーやオグリキャップに限らず、馬の持つストーリーやその背景を背負ってひた走る馬の姿は、人々の心を打つ。あるいは、自分が好きだった馬の子供だったり血筋だからと、応援するファンもいる。競馬から引退しても、そのストーリーやドラマはその馬の一部となる。そこに引退馬にしか持ちえない価値がある。 

 「引退競走馬たちの悲しい現実があって、それに対して支援してくださいと言っているだけでは、なかなか広がっていかないと思っています。と同時に、なぜ引退競走馬が人間社会にその後も必要なのかというところを現化していくと言いますか、同時にその仕組みを作っていかないと繋がっていかないと思いますし、だからこそお金を集めるだけでなく、お金を生み出すことも同時にやっているです 

 TCC Japanは三つの取り組みを行っている。「引退競走馬の支援活動」「引退競走馬をパートナーとした事業活動」「啓発活動」それらの取り組みを1つの会社で行っているのだ。 

 「犬猫のように啓発の分野だけでやっているとか現場シェルターだけやっているというわけではなく、ウチは結局すべて行っています。支援だけを訴求しても、現実問題仕組みを作っていけないと思っているので、馬はこんなことができる、それによって人間と共存ができるなどですね。同時にそのモデルケースを提示しながら、しっかり事業として運営できるようにしていきたいです 

引退馬を事業で生かす

  「馬と共に社会をゆたかに」これがTCCのミッションだ。 

 最初に作った構想の中で、ホースセラピーを活用した福祉教育はだいぶ形になってきたが、観光分野や馬の養老分野はようやく実際の現場で動き出したところだ。もう少し、パース作りも必要だと山本んは話す。 

 「観光の分野ですと、馬がいる宿泊施設でしょうか。馬はソフト資源なので常に主役である必要はなくて、その場所に馬がいることで付加価値が付けばいいと思っています」 

 これには、10年以内には着手できると見込んでいる。そして、山本さんの構想は、これだけに止まらない。 

 「栗東では、トレッキングもできるホースパーク構想ですね。これは僕が最初に栗東市に提案したものなのですが、それも今進み始めています。こちらはあと7年ほどかかりそうです。1つの分野ではなく、ある程度ミックスされた取り組みになりますが、社会的事業と言われる分野に馬の活躍の場を作っていきたいです」 

   

 さらには、壮大な計画も前進し始めている。山本さんが着目したのは、年間2、30万人の観光客が訪れる有名な観光スポットである、メタセコイヤ並木 



写真:滋賀県高島市にあるメタセコイヤ並木(提供:TCC Japan


 「
並木の横で馬車を走らせようと考えています」
 

 と山本さん。メタセコイア(和名はアケボノスギ)は日本を含む北半球で化石で発見されていて、絶滅したと考えられていた。だが1946年に中国の四川省で現存していることが確認された。1949年、メタセコイアの挿し木と種子を日本政府と皇室がそれぞれ譲り受けたことから、全国各地の公園や並木道、校庭などに植えられた。その1つが前出の滋賀県高島市にあるメタセコイア並木で、日本紅葉の名所100選にも選定された。 

 「元々観光分野の構想がありましたので場所を探していたのですけど、3,4年前にこの並木に初めて行った時にピンと閃いたです」 

 セラピーパークも着手しだした時期でもあり、メタセコイア並木のことはずっと胸の中で温めていた。 

 「馬に関係なく年間2~30万人もの人が訪れる観光スポットに馬を入れるというのは、日本にはなかなかないと思うんです。それだけに馬を知らない方に知っていただくチャンスにもなりますし、今取り組んでいる引退馬の問題点なども啓発できるチャンスになります。それが1番大きな狙いですね。それにインスタスポットでもあるので、訪れた方がPRもしてくれそうですしね」 

 メタセコイア並木に馬がいる。想像しただけでも絵になる風景だし、それだけで癒しにもなりそうだ。 

写真:メタセコイアFarm(仮称)のイメージパース(提供:TCC Japan)

 

 「当たり前に引退後の馬たちの生活の場が日本の中にあって、そこに皆さんが求めているものがある。そこまで引退馬の価値を変えていくことができれば、経済的な価値も作りやすいのではないかと思っています」 

 山本さんが目指す、「馬と共に社会をゆたかに」というミッションは確実に形になってきている。 

 「馬と人との事業活動でこんなことができるんだというモデルケースをいくつか作りたいというのが、今後、僕の一番するべき役割なのかなと考えていますし、そのモデルを他の方にも是非模倣してもらいたいですね」  

取材を終えて

 もしかすると、引退馬をビジネスにすることに抵抗を感じる人もいるかもしれない。だがその馬の経済力に関わらず、馬1頭を養うには大きな経費がかかる。人間社会の中で生きる以上、どんな形であれ人間の役に立たなければならないのが現実だ。山本さんは、引退馬を事業に活用し、その命を生かしている。命の重さを知る感性と、合理性を持って判断を下すビジネス的感性を合わせ持っている人だ。個人的な意見だが、これからの引退馬支援においては、山本さんのような人材がもっと増えていくべきだと思っている。だが無論、それはなかなか難しい。どちらか片一方では駄目で、両方を持ち合わせていなければならないからだ。 

 TCC Japanの活動が広がり、生きる道を見出す馬が増えることは勿論、引退馬を「活かして生かす」リーダーも増えて欲しい、そう思った。 

 

協力:山本 高之 

   株式会社TCC Japan 

制作:片川 晴喜  

文:佐々木 祥恵  

取材・構成・監修:平林 健一  

著作:Creem Pan 

次回予告

 競走馬の一生を左右する重要な場面を知る様々な人に話を伺い、広い定義での「引退馬支援」ついての情報を連載するこの企画。 

 連載当初予定していた全6回が終了いたしました。ご愛顧賜り、誠にありがとうございました。

 

 これまで、想像以上の反響をいただいてきたことに対して感謝の念を込めて、今、当初予定していなかった「最終回」を準備しております。 

 

 公開日は未定となりますが、本年内には皆様にお届けできるよう、準備を進めて参ります。今しばらくお待ちください。