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競走馬の一生を左右する
重要な場面を知る人々の声を集めました。

第3回「生かすことが幸せなのか」

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競走馬の一生を左右する重要な場面を知る人々の  
声を届けるWEB連載企画

 競走馬は現役時に限らず、生まれてから死ぬまで常に競争の中で生きているー。

 引退後に余生を満足に送ることができない馬がいる一方で、引退すら迎える事ができない馬、つまり競走馬になれなかった馬や、競走生活を全うできなかった馬も多く存在します。この事実にも目を向け、その上で「競走引退後」を捉えると、また違った視点から引退馬支援を見つめ直すことができるのではないか…。

 この企画では、競走馬の一生を左右する重要な場面を知る様々な人に話を伺い、前述したように広い定義での「引退馬支援」についての情報を、毎月1話ずつ6回に分けて連載していきます。

【リンク】第1回「デビューを迎えられなかった馬たち」|映画『今日もどこかで馬は生まれる』公式サイト 
【リンク】第2回「なぜ馬は走り続けることができないのか」|映画『今日もどこかで馬は生まれる』公式サイト  

第3回は家畜商・Xさん(仮名)

 3回は、いわゆる馬喰(ばくろう・正式には家畜商)の1人にスポット当てる。 

 競走馬登録を抹消時に、繁殖(種牡馬、繁殖牝馬)、地方競馬(JRA所属馬が抹消された場合)、乗馬、研究、使役など、引退後の用途も発表される。そして登録を抹消された馬たちを買い付けて仲介するのが、家畜商の仕事だ。今回取材した家畜商・Xさんのもとには、年間約200頭の馬が出入りしている。ここから本当の意味での乗馬として乗馬クラブへと行く馬もいるが、大多数は屠畜の道を辿ることになる。今回は家畜商・Xさんの仕事内容やこだわり、収入源と売り上げ、仕入れから出荷までの流れをはじめ、仕事上でのエピソードや引退馬支援の哲学、人物像など、これまであまり表に出ることなかった家畜商の実情を、匿名という条件のもとで紹介させていただく。 


 写真:家畜商のXさん(撮影:片川晴喜)

 中部地方のとある街で生まれ育ったXさんは、小学生の頃から馬を使ったお祭りに参加するようになった。馬が好きだったXさんにとって、この祭りと馬が彼の原点となっている。やがて全国各地で開催されている草競馬に、他の人が所有する馬で参加するようになった。競馬場に出入りをしたり、家畜商とも知り合いになり、その仕事を手伝うようになった。それまでは馬とは全く関係のない建築業界の職業に就いていたが、社会人としてゆとりが出てきたこともあり、趣味が高じて自らの馬も購入した。 

 「やがて家畜商として独立をしたのですけど、馬が最終的に肉になっていることを知らずにしばらく仕事をしていました。独立前に親方について仕事をしていた時は、景気が良くて2万頭くらい生産されている時代で、馬は毎日のように競馬場からはき出されてきていました」 

 その馬たちすべてが、Xさんのような馬が好きな人の元へと送りこまれていると思っていたといい、当時は馬のセカンドステージ、サードステージについて特に考えることもなかった。そのような時期を経て家畜商に従事して、かれこれ16年~17年ほど経過した。 

 

馬喰という仕事

 Xさんの施設には、常時40頭ほどの馬がいる。競馬や乗馬、あるいは繁殖(種牡馬、繁殖牝馬)用として不要と判断された馬を、それぞれの繫養施設や牧場から引き取ってくるのが、Xさんの業務の一つだ。ほとんどが食肉用で、出荷に向けて肥育をしている。他には乗馬クラブからの依頼で馬術競技会場への輸送や、地域の祭りに馬を貸し出す仕事も請け負っていいる 

 いずれ屠畜される運命にある馬たちが大多数ではあるが、その飼養管理にはプロとしてのこだわりがある。

 「今ここにいる馬たちの命を数か月後に断つことが幸せなのかどうかは、実際はわからないです。ただ一番大事にしているのは、せめて私のところにいる間だけは、ウチに来て良かったと思われるような扱い、管理をするということです」 

 たいして手をかけずに、放置に近い状態にする同業者もいるようだが、最終的には、その業者の馬もXさんの馬も行きつくところは同じだ。それでも「せめてウチにいる間だけでも、快適な環境で過ごさせてやりたい」その一心で毎日馬房の掃除をし、飼い葉桶、水桶も必ず洗って清潔に保っている。その根本には「馬が好き」という気持ちがある。日々馬の状態を観察し、健康管理に気を配り、一番最善の形で自らの手を離れるような仕事をすることを心がけている。 

 食肉になる馬であれば、屠場に運びこむまでがXさんの仕事だ。

「屠畜をされて肉になったらそこからはお肉屋さんの仕事、その先にいるのは一般消費者です。私が仕事をした先には、屠畜業者、お肉屋さん、消費者と二人も三人も喜んでくれる人がいるのです」 

Xさんの牧場から出荷される馬肉は良質ですこぶる評判が良いため、馬肉を売りたい、馬刺しを購入したいという問い合わせがたくさん寄せられる。
 

「だから私は、悪いことをしているという気持ちにはならないんですよね」 

 とXさんは吐露した。確かに肥育場から馬を助けて生かす人が善で、家畜商や肥育場、屠場などで食肉にかかわる人々を悪とする風潮が少なからずある。それをXさんも感じているようだ。だが馬喰や肥育、屠畜を生業にする人がいるからこそ、競馬や乗馬などの馬業界はスムーズに回り、成り立たっているというのは紛れもない事実だ。そう考えると、彼らは決して悪の存在ではない、むしろ馬業界に貢献しているといえよう。




写真:Xさんが経営する厩舎(撮影:片川晴喜

収支の内訳

 Xさんの収入源は食肉用や馬の売却代(乗馬クラブに売却する場合もある)、祭りなどイベント等へのレンタル代、馬術競技会時の馬の輸送代だ。その中で、食肉関係の売り上げが78割を占める。競走馬を引退した場合、その多くが乗馬という名目で用途変更されるが、そこから食肉になるのが67割ほどなので、競馬から乗馬に転用されている数とほぼ比例しているのではないかとXさんは言う。 

 Xさんの施設では、家賃、餌代、敷料代、人件費などの諸経費を含めて、1頭につき1か月およそ5万円かかっている。常時40頭ほどいるので、単純計算で月200万円の支出だ。仮に食肉として30万で売るとすれば、10万以下で馬を仕入れないと十分な利益は出ない。そこに馬を運ぶトラックの燃料代など2万円程度が加算され、利幅は18万ほどになる。ちなみに取材時現在、Xさんによればサラブレッドの肉は100グラムが500円1,000円ほどで店頭に並び、販売されているという。  

 食肉関係が総売り上げの7、8割、残りの23割が乗馬クラブ用の馬の売却代、お祭りに使用する馬のレンタル代、及び馬術競技会の輸送代となる。祭りの場合、大きな神社から直接仕事を受けると、餌代の足しになるくらいの金額にはなる。泊まり込みで 2日間に渡ると、その倍の金額だ。小規模な神社や祭りの場合は、それより少ない金額で請け負っている。祭りによっては、馬が暴走して観客に被害が及んだり、車に衝突して破損させた場合の保険代込みの場合もある。 

 

馬の仕入れ

 最近はトレセンから競走馬登録を抹消した馬を仕入れることは少なくなっている。家畜商に渡さずに、直接乗馬クラブに寄贈する形を取ったり、一旦牧場に出してワンクッションを置く競馬関係者が多いというのがその理由のようだ。 

 「我々は廃馬という表現をするのですが、ほとんどが乗馬=廃馬です。つまり乗馬は廃馬の隠語ですよね。トレセンから牧場等に出た馬を取りに行くケースが増えています」 

 

 Xさんがこの仕事を始めたばかりの頃は、廃馬の値段はほとんどタダであった。
 

 「肉の相場もいくらでもなかったので、1頭売って何十万も儲かるということはなかったです。1番多い時で年間250頭ほどいました。今は現状で年間約200頭の馬を、売り買いしています」 

 JRAの3歳馬の未勝利戦が終わりに近づくにつれ、廃馬の数も増えていく。 

 「未勝利が終わる時期が段々早まってきていますけど、少し前までウチの牧場では9月、10月は3歳未勝利馬ばかりになりました。全体の割合をみると、ほとんどの競走馬が3歳で淘汰されているのが現実です。ウチに来るのも、67割は3歳馬だと思います」 

 残りの2、3割は1勝クラスの馬や、5歳7歳の怪我をした馬、1割程度が未登録や未出走の馬、または北海道から直接仕入れた馬、そして乗馬クラブから上がってきた10歳以上の馬となる。最近では北海道から年齢を重ねた繁殖牝馬を仕入れることもあるが、それも全体の1割に満たない。経産牛(出産を経験した牛)と若い牛では肉質が違うように、馬も経産馬は単価が下がるが、商売上の付き合いもあって繁殖牝馬を引き取ってくるケースがあるとのことだ。 



(資料:Creem Pan作成)

出荷まで

 Xさんのもとに集まってきた馬たちは、どのように出荷の時を迎えるのだろうか。

 「100日ほど肥育期間を経て、順番に出荷という流れになっています。ただしそれは品質の良い肉を必要としているところに納めるというウチのスタイルであって、全ての業者がそうとは限りません」 

 Xさんの牧場から出た馬たちのほとんどが直接食肉を扱う業者に渡るほか、九州にある日本一と言われる食肉卸業者にも出荷される。また芸能人御用達の、日本一の馬刺しと呼ばれる富士山周辺にある食肉業者の仕入れも一手に引き受け、年間120頭ほどがその業者に渡っている。 

 サラブレッドの肉は、どれだけ長く肥育してもサシ(赤身の間に入る白い脂身の線)が入ることはないのが特徴だ。
 

 「サラブレッドはどこまでいっても赤身です。ただ脂がない分、赤身肉はヘルシーでさっぱりしているので、食べやすくとっつきやすいです。ただ九州ではサラブレッドは所詮赤身ということで商品としての価値は下がり、単価も(他の品種の肉より)安いんですよね」
 

 だがXさんのメインの顧客は自衛隊員であり、 肉体づくりの上で重要な、たんぱく質が豊富で脂質が少ない赤身の馬肉が重宝されているという。 

 

馬の引き取りを断る

 馬に愛情を持ち、こだわりの飼養管理をし、良質な肉質の馬を出荷しているXさんのもとに、名の知れた馬が入厩した。地方競馬で有名だった馬で種牡馬経験もあった。北海道のとある生産牧場からXさんのもとに来た21歳のその馬は、すこぶる健康状態は良く元気だった。その馬には女性ファンがついており、北海道の生産牧場で繫養時にも彼女は何度も足を運んでいた。 

 そのファンからXさんのもとに『馬を引き取りたい』と早速連絡が入った。コロナ禍で飲食業関係が打撃を受けており、当然食品の流通にも影響が出て馬肉の値段が下がっていた頃だった。

 「その女性はいきなり『今、肉の値段は安いですよね?』と言ったんです」 

 この一言が、Xさんの怒りを買った。
 

 「仮にこの馬がタダでウチに来ていたとしても、輸送代などの経費もかかっているわけで、タダであってもタダではない。それがわからないこと自体が、僕の言葉で言うと素人です」
 

 風向きが悪い方に傾いたと察したのだろうか。女性はいくらなら売ってくれるのかと、Xさんに伺いを立てた。 

 「100万円と言ったら買えますかと聞いたら、買えませんと答えるわけです。その段階で、買う資格はないと思いました。僕が仮に100万円で売ったとしたら、20歳超えの馬にそんな値段をつけて売ったと必ず言うと思うんです。逆に(女性が買えるであろう)10万円で売ったとすると、(馬の飼養管理の)素人であるその女性が果たして馬を良い状態で管理できるのかが不安でした。この2つのどちらを選んだとしても、僕の本意ではないので今回は諦めてほしいと断りました」 

 Xさんは断った後、なぜ北海道の牧場にいる間に引き取りを申し出なかったのかを、その女性に尋ねた。すると、その馬の残りの馬生と自分の財布の中身を計算したと答えた。
 

 「今21歳なら、(寿命は)あと23年くらいかもしれない。それなら預託料が月10万としても200万円300万円あれば、最期まで命を全うさせてやれるかなと計算をしているわけです。そんなことを考えて自分の子供を育てる親はいるのかという話ですよ。自分の好きな馬なのに、そのようなずるい考えで電話をしてきたのかと思いました。本当に馬を愛する気持ちがあるのか疑問を感じました」
 

 結果、馬は屠畜に回った。

 「その馬が素人のファンに引き取られて、ちゃんとした飼養管理もされないでストレスを抱えて生きていくのが良いのか、それとも食肉の方向に持っていくのが良いのかを考えて、僕は後者を選択しました。そのファンがずっと追いかけてくるのも嫌でしたし、現実をわからせる手段でもありました」

生きる=幸せ、なのか

写真:Xさんが管理する出荷前のサラブレッド(撮影:片川晴喜)

 「すべての馬を生かしておくことが幸せなのか」 

 インタビュー中、幾度かXさんの口から出た言葉だ。これは引退馬支援を考えていく上で、重要なポイントのような気がする。命があれば幸せ。これが普通の考えだ。だがそれは自分で生き方をある程度選択できる人間に限った話だ。犬や猫、馬といった人に飼養される動物たちは、生き方を自ら選べない。体の大きな馬たちは、特に出会った人によって運命が左右される。
 

 「乗馬クラブの練習馬が、素人のお客さんをポコポコ乗せて楽しませていますよね。その様子を人間の子供に置き換えると、その子にあれやっちゃダメ、これやっちゃダメと多くの制限をしているように見えます。社会人でも、サラリーマンとして勤めていける人とそうではない人に分かれますよね。馬も一緒なんです。(人間側が与えた規制に)耐えていける馬ではないと、練習馬として成り立たちません。我があってはいけないですし、餌の量を減らして稼働時間を長くしたり、過度な運動をさせて、必要以上に暴れないようにしているのが練習馬です。それを単純に、生きているから幸せという表現1つで片付けてしまうのは、私たちの立場からすると大きな課題だと思っています」
 

 また昨今、認知されつつある引退馬支援についても、思うところがあるとXさんは言う。

 「年間
7,000頭も生まれてくる馬を、全頭救えるはずはないです。そこをとやかく議論すること自体がナンセンスですし、素人なんです。例えば、映画「今日もどこかで馬は生まれる」の中で、乗馬として売れていくまでに1年半かかると言っていた場面がありましたが、1年半でビジネスになる馬は10頭のうち1頭ですよ。これはデータがあるわけではなく、あくまで自分の感覚ですけど。乗馬になれた場合でも、途中までは良くても最終的にはお払い箱でしょ。いろいろな理由があってウチではもういりませんとか、良い馬が新たに入ってきたら、別の馬が不要になるのが現実です。ではそのお払い箱になった馬を救ってくれる人がいますか?いたとしてもどう救うかによって、その馬が本当に幸せになれるかどうかわかりません。馬は喋らないですから、残念ながら結論は出ないんです。結論の出ないことを一生懸命やって、現実を知ったところでそれが引退馬の支援に繋がるという考え方はやめた方がいいと思います」 

 

 引退馬支援とは一見対極にあるXさんのような家畜商という存在。だが、競馬界や乗馬界から引退した馬の命を全うさせるという意味でも、巨大化した競馬産業を循環させていく意味でも、食肉としての馬の需要は究極のセカンドキャリアといっては語弊があるだろうか。
 

 「馬たちを守っていく活動をしている人を何の否定もしません。お互い様です。これはもう本当に二分化ですから。お互い二分化でいいんですよ。私のような仕事で成り立っていて、それでご飯を食べている人がたくさんいるわけですから」 

 競馬が続き馬が生産される限り、Xさんの言う二分化も恐らくなくならないだろう。だが昨今の引退馬支援のうねりの大きさも見逃せないものがある。特にウマ娘の登場により、そのうねりは一層大きくなった。 

 「馬は生きていれば幸せなのか?」
 

 Xさんの発したこの言葉は、引退馬支援活動をする人、引退馬を繫養する人々への宿題だと受け取った。馬たちがイキイキと気持ち良く過ごせる快適な環境を提供することこそ、引退馬支援活動において、1番重要なポイントだと思うからだ。 


どうしても伝えたかったこと

 これまでXさんのような家畜商が引退馬問題について公に意見を発信することは、ほぼなかった。ではなぜ今回、取材を受けてくれたのかー。Xさんにその質問を投げかけると、どうしても伝えたかったことがあるという答えが返ってきた。 

 

 「(引退馬を)支援することは全然反対じゃないし、そういう人がいても全然いいと思います。その一方でサラブレッドは経済動物であって引退馬支援というビジネス、そこにマーケットが存在しているという現実も知ってほしいのです」 

 

  確かに養老牧場にしろ、引退馬支援団体にしろ、他ならぬCreem Panも、活動に賛同した方々からの出資を収入の一つとして活動をしている。

 馬肉を食文化があり、その需要を満たすためにXさんの仕事があるわけだが、「人を乗せる需要がなくなった馬で、別の需要を満たして収入を得る」という観点では、確かにどちらも「馬を使ったビジネス」と言えるのかもしれない。 

 

  「引退馬支援をする人は良い人で、馬を肉にする人は悪い人という考えはそもそもナンセンスです。競馬や乗馬、繁殖等で需要がなくなった馬を生かしたいと想う人は、活動を一生懸命やればいいことです。でも、それにも限界があるということに気づいてほしいです」 

 


資料:日本馬事協会「馬関係資料」より(Creem Pan調べ)

 JRAも内部に引退馬支援を主とする組織を発足させるなど、近年、引退馬支援の波は非常に大きなものになっている。しかし、ここ10 年の数字を見ても1年に平均6,974頭の馬が生産される一方で、中央競馬では1年に平均5,309頭、地方競馬では1年に平均4,882頭の馬が「引退馬」となっている。馬の平均寿命は20年とも30年とも言われている中で、全ての引退馬が何らかのキャリアを得て生き続けることは、かなり困難だと言うのが現実だ。  

 

 「馬という動物を飼う以上はプロ意識を持った人が、馬と真摯に向き合って最期を看取るというのがあるべき流れであり、そういう馬は表には出ないだけで実際にいますから。何もそこ(救われない馬)だけを取り立ててクローズアップすることではありません。(引退馬支援の活動をしている方々などが)全ての馬の面倒を見れるならどうぞやってみてくださいという話ですよ。すべてを生かすことは不可能だし、すべてが肉になるということもないというのが、現実です」 

Xさんの素顔

 実はXさんには、最期を看取った愛馬がいる。趣味が高じて、最初に購入した馬だった。 

 Xさんのもとには廃用になった競走馬、乗馬が次々とやって来るが、愛馬が使用している一馬房分、新規の馬を入れられないわけだから、商売の上でも支障をきたす。
 

 「ところてん方式でいったら、いの一番に、はき出さなければならないのがその馬でしたが、家族みたいな存在になっていましたし、とても葛藤していました。生きて元気なうちに自分の手から離そうと何度思ったことか。でもこいつが今の商売の原点、起点になっていましたし、自分をホースマンとして見てくれる人が周りに段々出てきたのも、こいつがいてくれたおかげだと思ったから、せめてもの恩返しで、最期まで面倒をみて看取りました」 

 この馬以外にXさんが最期まで面倒をみた馬はいない。それだけXさんと縁があり、特別な存在だったに違いない。 

 「その馬は223年一緒にいて、一昨年老衰で亡くなりました。27年生きましたから、長寿だと思います。前の日与えた餌をペロッと食べて、朝来たら冷たくなっていました。前触れも全くなくて、本当の老衰だったと思います。今年の8月でちょうど2年たちます。死んだ時はさすがに泣けましたよ。で、最期はワイヤー一本でビューっと吊り上げられて。二十数年間可愛がった馬を運ぶその業者にありがとうございましたって言われたんですけど、こっちにしてみたら、何もありがとうじゃないよ…、っていう気持ちになりました」 

   

 馬と人との別れのシーンを幾度となく目にするたびに、馬は感情の動物だとヒシヒシと感じるとXさんは言う。

 「馬はしゃべらないですけど、すごく感情のある動物です。競馬場に馬を引き上げに行って、馬運車に乗せます。厩務員さんが『じゃあな』ってポンポンとやると、ほとんどの馬が鳴きます。可愛がられてきた馬たちは、ヒーンと1回鳴きます。仲間となのか、その厩務員さんとのお別れに対してなのか、わかりませんけど」
 

 そして意外だったのは、Xさんが馬刺しを口にしないことだった。 
 

 「やっぱり自分の中で何かがあるんだね。自分で手塩にかけて、世のため人のためと商売をしているだけで、馬刺しは決して好きではないし、食べようとは思わないです。人にはおいしいから食べてごらんと薦めてはいますけど、自分から喜んでは食べないです」 


 最後に、戒めのように語った次の言葉が、印象に残った。 

 「例えば北海道の牧場などと比較した場合、こんな3m真四角の厩(うまや)に入れられて、ウチにいる間は大事にしてますよと言っても、もしかしたら外に出て走り回りたいと馬は思っているかもしれません。わからないですよ、馬が本当は何を思っているのかは。だから僕のしていることも、そのほかのすべて(引退馬支援も含めて)のことも、人間のエゴの究極。それに尽きると思うんですよね」 

 

取材を終えて

 今回は直接職場に出向き、述べ4時間もの間、普段は決して聞くことができない仕事の内情から、馬の行く末に纏わるエピソードまで、存分に語っていただいた。現実主義の思想に、馬への情感が混合して生まれる、ホースマンとしての誇りが、Xさんが持つ言葉の強さを生んでいるのだと感じる。

 「生かすことだけが馬の幸せなのか」という厳しい言葉と、優しく馬を撫でるその姿を目にして、今一度、引退馬問題の難しさを考えさせられた。 


協力:家畜商・X

取材:片川 晴喜 

文:佐々木 祥恵 

構成・監修:平林 健一 

著作:Creem Pan

 

次回予告

 競走馬の一生を左右する重要な場面を知る様々な人に話を伺い、広い定義での「引退馬支援」ついての情報を連載するこの企画。  

 第4回は9月1日の公開予定で、乗馬クラブと、競技馬術選手にお話を伺いました。  

  

 テーマは「サラブレッドは乗馬に不向き?」 

  

 引退馬の大きな受け皿となっている、乗用馬の道。競走馬としてトレーニングを積んできたサラブレッドは、繊細かつ瞬発力を最大限に生かすよう作られている。一見、乗馬には求められることのない能力に思えるが、実際はどうなのか。現場に聞いた、乗馬転用の実情とはー。